西郷輝彦は、後から知ったのですがシンガーソングライターでもあったのですね。その第一作が66年の『傷だらけの天使』でした。作詞我修院建吾、作曲銀川晶子となっていますが、いずれも西郷のペンネームでした。我修院は大作曲家のガーシュインから取っているそうです。レコードが発売されたころは、エレキブーム竹縄の時、バックの演奏は、ブルー・コメッツのようなビートの効いたサウンドですね。
また、西郷は『傷だらけの天使』という小説も書いていました。歌や映画の忙しい合間を縫って雑誌『明星』に連載した自伝的な小説で、生まれ故郷の鹿児島を舞台としています。松原智恵子を相手役として西郷が主演の映画にもなっています。
芸名の西郷は、鹿児島の偉人西郷隆盛から来ていますが、鹿児島での生活は、二人の兄を早く亡くしたりして、決して幸せだった訳ではなく、高校を中退しヒッチハイクをして大阪に出て行ったといいます。傷だらけのエンジェル・天使とは、西郷自身だとも言います。その後の西郷輝彦の成功は、鹿児島での体験をばねにしているのですね。
西郷輝彦さんのご冥福を衷心よりお祈りいたします。
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