西郷輝彦 『傷だらけの天使』

一昨日の20日に60年代に橋幸夫、舟木一夫と御三家と言われ一世を風靡した西郷輝彦さんが亡くなられました。60年代は『ロッテ歌のアルバム』などの歌謡ショーが盛んで、彼の歌う姿をテレビのブラウン管でよく見たと思います。特に代表曲の『星のフラメンコ』は、異国情緒たっぷりなリズムで、子供たちも真似して歌っていたと思います。

西郷輝彦は、後から知ったのですがシンガーソングライターでもあったのですね。その第一作が66年の『傷だらけの天使』でした。作詞我修院建吾、作曲銀川晶子となっていますが、いずれも西郷のペンネームでした。我修院は大作曲家のガーシュインから取っているそうです。レコードが発売されたころは、エレキブーム竹縄の時、バックの演奏は、ブルー・コメッツのようなビートの効いたサウンドですね。
また、西郷は『傷だらけの天使』という小説も書いていました。歌や映画の忙しい合間を縫って雑誌『明星』に連載した自伝的な小説で、生まれ故郷の鹿児島を舞台としています。松原智恵子を相手役として西郷が主演の映画にもなっています。
芸名の西郷は、鹿児島の偉人西郷隆盛から来ていますが、鹿児島での生活は、二人の兄を早く亡くしたりして、決して幸せだった訳ではなく、高校を中退しヒッチハイクをして大阪に出て行ったといいます。傷だらけのエンジェル・天使とは、西郷自身だとも言います。その後の西郷輝彦の成功は、鹿児島での体験をばねにしているのですね。
西郷輝彦さんのご冥福を衷心よりお祈りいたします。
傷だらけの天使.png





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