宮野弘紀 『レッツ・メイク・メリー』

チック・コリアが参加したマイルスのアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』、『ビッチェズ・ブリュー』やモダンジャズの金字塔『カインド・オブ・ブルー』などマイルスの多くのアルバムをプロデュースしたのがテオ・マテロだった。その敏腕プロデューサーが、日本人ギタリストのデビューアルバムをプロデュースしていた。

そのギタリストは、宮野弘紀だ。宮野は、北海道の高校を卒業後憧れのジョン・マクラフリンやジャンゴ・ラインハルトを目指してジャズギタリストの道に入る。やがてベースの中山英二のグループで日本全国のジャズ喫茶などでライブ活動を行い修業を重ねる。80年に独立し、ニューヨークでテオ・マセロのもと初のリーダーアルバムその名もズバリ『マンハッタン・スカイライン』を録音した。
ジャズギターというと一般的にはフルアコと呼ばれるエレキギターを使う場合が多いのだが、彼はジャンゴ・ラインハルトやアール・クルーのように生のアコースティックギターを使っている。それもヘリコプターの羽の素材をボディに使ったオベーションのギターを使っているので、独創的な音色をしている。テオ・マセロは、彼のオリジナリティーや作曲の才能をとても評価していたようだ。

では、宮野弘紀のファーストアルバム『マンハッタン・スカイライン』からテオ・マセロもお気に入りの『レッツ・メイク・メリー』をお届けしよう。ほかにアルバムには、彼の尊敬するアール・クルーと川崎燎から一曲づつ提供を受けた曲も入っている。
マンハッタン・スカイライン.png

"宮野弘紀 『レッツ・メイク・メリー』"へのコメントを書く

お名前:
ホームページアドレス:
コメント: